モラトリアム脱出したい学生の毎日

大学生活3年目…学生でいれることも残り少し。大人になるために、自分と向き合います

考えすぎた後は… *日常3*

 

考えすぎていた。

昨日に続いて、不安な気持ちが増大していって…悲しい気分がとまらない。

 

いわゆる鬱状態から抜け出せないでいた。

 

どうしてこんなに悩んでるのかって、考えてるのかって思ったら

全部就活のせいだった。就活に対しての自分のイメージや莫大な不安がただただ自分を悪い方向へ導いていたのかもしれない。

 

親と電話して、いつも通りひねくれた素の自分を出して、そんな中将来の話をしていたら…

”お前はいつまでも夢みてばっかり”

と極めつけの一言を。

 

心がしぼんで、真っ暗な闇が頭の中に侵略していくような気がした。

私の中に綺麗な心がないような状態。もう、最悪の精神状態になった。

 

確かに、思い描くものの大きさに対して結局のところそれに近づいたり、大きな変化があるわけでもない。当時はそれしか目になかったものも、将来はそれだと思ったものも、気が付けばまったく違う道にきていたり。

思い描くことはいくらでもできる。

 

本当にそれをやるかやらないか…やったのかどうか、やっているのかどうかで、世の中の人は私を判断するのは当たり前の事実だよね。

夢をみて、それにまっすぐ向かっていかないことに言い訳をして今まで生きてきた。

 

でも今の自分はやったことたち、自分ができたことたちで成り立っているわけだから、嫌がりながらも勉強したから大学に入れたのだし、練習をたくさんしたから楽器が弾けて、音感もある。その時に、やる気があるとかないとか、そういうことじゃなくて…

そんなのはどうでもよくて、人が見ているのは結果。よくも悪くも、やった事実が全て。

 

そんな世の中に私たちは生きている。

心の中で考えていたこと、計画していることは自分以外の誰にもわかるわけないのにそんな自分を評価しろ、認めろなんておかしいことだった。

 

心配しすぎて、動けなくなってしまったらそれで終わりだ。

 

就活の時期、悩むことはたくさんあって…焦ることも、後悔することも、数えきれないくらいある。そんな状態の中に、今日を生きる自分を放り込んでしまったら…本当に楽しい時間は、今の自分には与えられないような気がする。

 

よく人々がいう、今日まででこれはおしまい。これからはけじめつけて、次のことを全力でやるって決めた。

例えば、引退ライブが終わったら就活モードになる!とか、引退試合が終わったら受験勉強はじめる!とか。

これで区切りがついて、全力でそれができるなら…その人はそれでいい。

 

でも今の私には区切りがついてない。

 

区切りがついていないうえに、いざ就活はじめようってなったときにやりたい事ややるべきことが見えてこない。あれ、結局自分ってなにがしたいんだっけ? となってしまうのがオチだ。

 

人に夢を言うことは、人に認められたいから。すごいね、あなたは特別だね、って言われたいから。だから、大きな大きな夢を語るだけ語る。

 

痛い。本当に、痛い。

 

そういってしまった自分に後悔して、またその夢をかなえられない自分のプライドはもうズタボロになる。

さっきもそう、親に夢を語ったと同時にきた劣等感、疲労感。

 

それって本当に夢を語っているわけじゃない。語ってるふりしてるだけ。そんなのは聞いている人にも伝わっていて…だから本当に応援なんてするわけない。

 

死にたい と検索していた。

 

今までは、死にたいなら死ねばいいと、死にたいという人に投げていた言葉も今自分に投げかけても、苦しさが倍増して悔しさも倍増して…。

 

じゃあ死ねば?今すぐ死んでいいよ  って、自分に言った後に死ねないのは…自分の愚かさや情けなさを強く強く感じる瞬間だ。

 

 

死にたいと検索したら、他にも同じような理由で、同じように死にたいという人がいて、とある悩み相談サイトで返信をもらっていた。

その返信には、

 

将来を考えれば、誰も悪いことしか思い浮かばない。

でも、今考えた将来と、実際に訪れた将来は全然違うものだったりする。

だから考えすぎて今を苦しく生きるより、

今を生きればいいのでは?

 

といったメッセージがあった。

 

簡単なことにみえて、当り前のようなことにも見える。

でも、悪循環の鬱状態に陥っている自分を、救ってくれた気がした。

 

私にはわからなかった。今を生きるなんてことが。

 

生きているのに、不安で将来のことばっかりで…でも、案外他の何か楽しいことをみつけると、そんな悩みそっちのけでうちこんでいて。そういう日々が楽しかったな、と思い出に変わる。確かに、友達といるとそんなこと考えなくて楽しい時間を過ごせるのに、一人になったとたん、鬱になる。

 

暇な時間があると、余計なことを考えるっていうけどそれは本当だね。

そういう状態におちいることを人は、充実していないというだろうね。

忙しくて、時間がないんだといえば、みんなそれを充実してていいじゃん、という。

だからその反対で、忙しくない人のことを不充実っていえるよね。

 

一人とか、みんなでいるとかって本当は関係なくて…一人の時の方が考え込みやすいのは当たり前なんだけど…一人でいても今を充分に楽しめるし、それは悪いことじゃない。テレビやゲームにずっと夢中でも、それは充実しているって言っていい。

 

勉強とか、練習とか、なにか努力しているようなことをしていることだけが充実ではない。

自分が楽しいと、やりたいと思えることは人生を充実させることだ。

 

考えすぎちゃいけないね。

 

言い訳はしない。下手な理由をつける自分にもなりたくない。

 

考えすぎたのはなにかのせいとか、そういうことが言いたいのではない。

 

 

私は、今を生きる。この言葉だけじゃわかりづらい。正しくは今するべきことをするし、楽しいこともする。

つまり、

 

今何かやる。寝るでもなんでも。

 

将来のことは考えない。

 

 

考えすぎて、何かいいことがあるわけじゃない。私には今強く思う本当の夢も、決められた将来もないから。

 

今何かをしたことが、もしかして将来のきっかけにでもなるかもしれない。

 

そういうことにしておこう。…多分そういうこと。

 

就活目前にして、今を生きることに全力を尽くしたいと思う。

 

バイトがあるから楽しくない日だな、とか、テストがあるから嫌な日だ、とか…

それは違う。どんな毎日でもどんな瞬間でも自分が楽しい!って思うかどうか、それだけ。

きっと、どんな時間も楽しく過ごそうって思えばできる。

 

私はそう生きてみたい。楽しいって範囲はものすごく広い。

 

でも楽しいことって、自分の幸せにつながっている気がする。

 

今日をどれだけ楽しく過ごせたか…

 

これから振り返る毎日は、これがテーマ。

 

PS:毎日楽しそうにしている隣の友達になんかむかついていた。そんな自分も自分なんだけど、今は違った感じ方ができるのかも。

 

 

 

 

 

 

遠距離恋愛 

 

私には恋人がいる。

大好きな人…その人以外これから一生みつからない。

 

何年もその人が好きだった。

 

 

もう数回つきあっては別れて、を繰り返していたりする。笑

でも今度は多分…別れることはないかも。

 

私から離れることは、少なくとも絶対にない。

 

でも、物理的な距離がある。そう、遠距離恋愛なんだ。

 

遠距離恋愛の辛さを、日々実感しては苦しくなって…何かで気を紛らわして。

すれちがうカップルをみては、いいなって気持ちがとまらなくて、

でも声を聴くと会いたくて仕方がなくなってしまうから…電話はたまにでいい。

 

泣くほど、好きなんだと思う。

 

大学を卒業したら、遠距離は終わると…思う。

 

でもその間で、もし私の恋人に別に好きな人ができて、その人も恋人のことを好きで

私よりも何倍もいい彼女だったら…

 

私はその彼女に勝てる自信はない。恐ろしいほど、まったくない。

 

その時は、きっとすんなりあきらめるんだろうな。引き下がって、こっそり泣いて。

ふっきれたふりをして、そのあともずっと、心のどこかに残ってるんだろうな。

 

今はまだこんなことになってないから、ただの心配だけど…

でもこれは心配じゃない。決意。

 

恋人が、私と一緒にいて幸せだと思ってくれているなら…それは最高な話だけど

そうじゃなくなったら、ちゃんと、その人にフラれる覚悟はあるってだけ。

 

だって、2人お互いに愛がないと、きっと幸せはない。

かたよった愛は、幸せをうまない。

 

これからも、時が流れるまま、たまに遠距離の辛さや愚痴をこぼしながら

私はその人を好きでいる。

 

 

PS:遠距離恋愛、つらいけど向いているかもってたまに思う時もある。

 

 

雨の日の大学 *日常2*

 

今日は一日天気が悪かった…。

むしむしした暑さはあるものの、過ごしやすい気温だった。

 

そんなことはどうでもよくて、今日は午後から3コマの講義。

 

大学3年になって、連続で講義を受けることがけっこう辛くなった。

体力もないし、目的もない。

ただ単位のためにとる講義たち。

 

大学は通過点。良いところに就職するために、卒業することが大事。

 

なんて、大学をなんだと思ってるのだろう…。

 

私は今まで何をしてたんだろう。何しにここにいるんだろう。

 

って考えちゃうのは、もう気分が鬱になってる証拠だね。

 

 

将来のことを考えようとすると、鬱になる。

学生の楽しさを知って、ここから割り切って大人になって、社会に出る準備しよう、

ってふみきれる人は本当にすごい。

 

感情や、邪念、欲望なんかを、すべて取り払うことができたらいいのに。

自分の心のコントロールが、できない。

 

まぁこんな鬱な気分もきっと、なにかいいことがあればすぐ回復してしまうんだけど。

 

そういえば、インターンの申し込みをどうにか一つ終わらせた。

 

もう一つは来週が締め切りなんだけど…それが実は本命かもって思っていたけど、

ESの質問を前にして、書き出す言葉がなかった。私がその企業に興味を持った理由は、大手だから。大手企業なら、親や友達を見返せる。

その企業名を出せば、みんな私をすごいと認めてくれる。

 

とか、そういうこと考えていたってことに、ようやく気が付いた。

 

悲しいやつだね、ほんとに。そんな理由で就職したって、なんにもならないし…

その企業も、そういうところわかってるから、あえてその質問をするんだな、って思う。

 

 

認めてもらいたいから、大手に就職するの?インターンに参加するの?

私の人生それでいいの?

 

完全にわからなくなった。

友達は、みんなそんなもんだよっていうけど。

 

私の就職に対する考えは、あまりにも醜くて、それでも自分はそこが妙に納得しなくて。

それに従うことが、大人になるってことなら…大人になることが悲しいことだと思った。

 

言い訳をしたくない。自分に言い訳して、大人になりたくない。

 

 

まだまだ時間が必要だ。

 

PS:この言葉たちを誰かに読まれてるとしたらものすごく不安で怖い。でも、私は自分の心と向き合って表現する。おかしい奴でもなんでもいい。

 

Twitterについて思うことたち

 

私は、Twitterが苦手だ。

 

 

アプリはスマホにいれ、自分もアカウントをもって利用しているけど…

Twitterについて思うことを正直に言うとすれば、、、

私にはあまりフォロワーがいないから、需要がないと感じて、嫌い

なんとなくみんなの状況が気になってつぶやきやプロフィール画面を見ては、

その人を勝手に分析して、自分の中で批評している。

 

それが果たして、私の生活にどう影響してるかなんて、全然わからない。

 

 

本当の気持ちは、きっと嫉妬心や、尊敬、見下す優越感だったりする。

 

ある人の充実した生活を垣間見ては、自慢じゃんとバカにし、本当は嫉妬でいっぱい。

ある人のマイナス発言を読んでは、かまってちゃん、被害妄想だとバカにする。

 

そういうツイートは私を不快にする原因。

ただの面白いニュースや、動画、画像や発言ならば、問題がない。

 

そしてたまに自分も負けじと、何かをつぶやく。

 

別に誰に見てもらわなくてもいいなんて思ってない。私のこんなところを知って、と

承認されたい、尊敬されたい、褒められたい

そんな気持ちが心に渦を巻いている気がした。

 

その点、このブログでは人目を気にしないし、本当に自分のために書いているので、楽だ。…だけど少しだけ不安を感じているのは、やっぱり、もし誰かに見られて、批判されたら、っていう気持ちがあるからなんだろうね。

 

どうしてこういう考えから抜け出せないんだろう。

人目を気にせず、自分をきりひらく人生が私が本当に望む人生のような気がするのに。

 

まぁ、そんなことはどうでもいいや。

Twitterは苦手だけど中毒性があって見事にそれにつかまっている私。

 

みんながどんな気持ちで、それらの言葉をツイートするのか、気になるだけ。

ひねくれた私は、言葉を深読みして、適当にそれらしく理由を考えちゃうから、ひどい奴だよね。

よく考えたら、そんなこと、自分にはなにも関係のないことだったりするのに。

 

本当のところ、みんなお互いどうでもいいんだけど…その中で自分のことはを知ってほしくて認めてほしくて、かっこいい自分、かわいい自分、頑張ってる自分、かわいそうな自分、新しい自分、本当の自分、残念な自分なんかを、つぶやきに託してるのかもしれない。

 

少なくとも私は、そうかもしれない。

他人の情報は、ついでに見るだけ。

 

怖いなあ…本当のところがわからないってこんなに怖いのか。

 

そのまんまを言葉にしてるから、理論なんてとおっていない。

それでも自分を好きになるきっかけになれば。

 

 

そしていつも、結論なんてでない。

 

 

 

インターン申し込みながら…*日常1*

 

今日は7月25日締め切りのインターン申し込みを終わらせるために、カフェに行った。

家では作業ができないので…

 

日曜の昼過ぎのカフェはまだすいていて、コンセントエリアを見事に確保。

 

作業しているうちにどんどん、人が増えてきた。

 

私の目の前にいるカップル…彼女が途中から飽きてきたようで、隣で作業する

彼氏はそれに気づいていない。

早く別の場所に行きたいと思っているような表情だった。

 

私の隣に座った女性は、テキストを出しては、即座に寝、結局なにもせずに帰った。

 

カフェに行くと、人目があるからだろうか

作業がはかどる。

人間観察を視界の中で勝手にはじめてしまうから、少し速度はおちるものの、

意外と作業が進む。

 

カフェの使い方は自由。

 

一目を気にする人もいれば、まったく気にしない人もいて…

私は人に見られているという意識のままずっと、まじめなふりをして、忙しそうなふりをして、仕事ができる女性を演じているかもしれない。

 

ありのままの自分で、カフェに行くことはまだできない…

 

インターン申し込みのWEBエントリーの質問内容は、今の自分には過酷な話だった。

将来の夢、インターンで得たいこと、あなたの好きなアーティスト…

期限がせまっても申し込みをしなかったのは、その質問に答える自信がなかったから。

 

でも、今日は真剣に考え、インターンの申し込みという名の、”自分と向き合う”時間だった。

 

ちゃんと向き合えたような、気がする。

自分の夢について、わからないながらも伝えたい言葉は思い浮かんできた。

 

結局、文字数を超えてしまったので、続きは明日やることにした。

 

実は私には、やらなければいけないことがたくさんたまっている。

この土日の進歩はものすごく小さい。

 

明日からまた一週間がはじまる。

 

きっと、私は少しずつ自分を取り戻せるはず。

 

 

PS:誰のためにでもない、自分のためにこのブログに日常を書き残すんだ、だからそれを見る人のことなんて少しも考えずにどうかこの言葉たちを残させてください。

 

 

大学3年 夏の朝

 

大学生… 

 

って本当に自由。

 

 

だから、何でもできるし、何にもできない。

 

この3年間、私がしてきたことはたくさんあって

それは思い出になって心の中に残ってる。

 

でも、社会にでる時期が、どんどん近づいている。

 

学生でいれる期間がどれだけ貴重なのか、大学3年目にしてようやく気付いた。

 

 

就活…

 

という言葉が私の周りにとびかう。

 

みんな、それぞれの道へ進むべく試行錯誤して…めんどくさがりつつも

着実に進んでる。

 

私はもう、そのフィールドから置いていかれた気がした。

 

 

”好きなことをして、生きたい”

 

ということが私を苦しめる。

 

 

正直な気持ち… 流れや規範に素直にのれない自分がいる。

 

これからみんなはきっと、インターンに行って、企業をたくさん訪問して、

試験や面接の練習をたくさんして…企業に必要とされるために

スーツを身に着け、正しい恰好、正しい言葉、正しいふるまいで戦うのだろう。

 

内定をもらう。

就職する。

 

そのために。

 

 

私はその、就活の波にうまくのれる気がしなくて、のりたい気もしなくて

そんな自分は社会不適合者なんじゃないかって思い始めて。

 

でも何か、表現したいことが

心の中で本当に思っていることが、あるんじゃないかな。

 

そういうものがあるから、流れに逆らいたい自分がいるのでは、と

ほんの少しだけ、思ったわけです。

 

 

 

でもその何かが、どうやら今の私の心の状態ではほりだせない。

他人を観察してばかり、痛みや苦しみの中で、自分の目的のために試行錯誤している

多くの人たちを見て、分析して…自分はそうなりたくないな、とか

自分だったらもっとできるのに、とか、

根拠のないことばかり考えて、毎日周りを見渡してる。見下してる。

 

そういう日常が当たり前になったから…自分の本当にしたいことや心の中がわからない。

 

 

取り戻していきたい。

 

後少し、大学生活の中で…自分と向き合って、自分を好きになりたい。

 

だから、こんな夜明けに一人ブログを開設したわけなのです。

 

 

 

私が世間に批評されるステージにたつ、表現者になる第一歩を

ここに記録します。

 

 

 

PS:今日はメレンゲを聴きながらブログを書きました