モラトリアム脱出したい学生の毎日

大学生活3年目…学生でいれることも残り少し。大人になるために、自分と向き合います

過去の自分から

 

 

過去の自分から、学ぶことがある。

 

みんなきっと、そういうことがあると思うけれど…

私は特に、未来の自分へ贈り物をしている気がする。

 

と、いうのも、中高生の時に撮ったプリクラを整理したことがこの話をしようと思ったきっかけだ。

 

大学で下宿し始めて、なんとなく必要と思って持ってきていたプリクラの束。

なんでかはわからないけれど、今まで撮ったプリクラはずっと同じところで保管し続けてきた。

それをわざわざワンルームの部屋に持ち込んで、一体なんになるのだろうか。

結局、大学3年間、そのプリクラをみることはなかった。

 

でも、ようやく色々なことが落ち着いてきたある日。

棚を開けたときに目に入ったプリクラ。そして、その隣にあった過去5年間分の手帳。

いつか、ちゃんと思い出の整理をしようと思っていた。

プリクラの日付をみて、その日付のページに貼る。

 

その作業をしようと、思っていた。それが、私にとっての思い出の整理になるかと。

 

 

プリクラの枚数は信じられないほど多く、どうしてこんなに何度も撮ったのか…過去の自分に飽きれた。

まずはバラバラに束ねられたプリクラを、中学、高校、とわけた後で、西暦で分類して、さらに細かく月日の順に並べる。

それを、手帳の該当するページに貼って、余った分はその手帳の空ページにひたすら敷き詰めて貼っていく。

 

もちろんしっかり切って、すきまなく貼る。

 

昨日からはじめて、今日もほとんどその作業に時間を費やした。

何時間かかったのかもわからないが、なんとかその作業を終えた。

 

私の使い込まれた古い手帳たちは…手帳としての記録だけじゃなく、プリクラの記録も付け加えられた、”プリ帳” へと進化したのだった。

 

細かい作業をやる中で、やっぱりプリクラをこんなにも撮った意味が見いだせず、疑問ばかり残っていた。

 

だが、たった一枚のプリクラで、当時の瞬間の一つ一つを思い出し始める感覚を覚えた。これはとっても不思議で、今まで忘れられていた、引き出しにしまわれた記憶たちが、一つ一つ取り出されていくようなものだった。

その時に起こったこと、出会った人、話したこと。その中で自分が感じたこと。

それらが部分的に、ぽんぽんと頭に浮かび、思い出された。

 

自分はこんなことを感じていたんだな

そういえばこのときはあぁだったな

 

なんて感情が、自然に湧き起こってきた。

 

そしてそれはとても懐かしく、愛しい思い出になっていた。

 

 

 

きっと、これが私が今までプリクラを撮った意味じゃないかな。

 

過去の自分から、得ることがある。

そして、自分は間違っていなかったと、自分らしく踏ん張って生きていたことを知り、また頑張ろう。と思わせてくれるような、そんな思いでたち。

それは、私の場合、手帳とプリクラだった。

 

一緒に写っている人の大切さ。そしてその人たちに対する感謝の気持ち。

 

そういうものは、視野が狭くなっているときに、忘れてしまいがちなもので…

でも、忘れてはいけない大切な大切なことで…それを思い出すことで、自分は救われ、満ち足りた気持ちになれる。

 

この人たちが大好きなんだということ。

自分には必要だった、そしてこれからも必要なんだと。

 

分からせて気づかせてくれるものだ。

たった一度しかプリクラを摂ってない人もいる。でもそれも、過去の自分からのプレゼントで、今の自分を少なくとも必ず、形作る要素になっている。

 

 

手帳のポケットに挟まれていた、一通の手紙。

それは5年前の私からの手紙だった。

 

そんな、ドラマや映画のようなベタなことをよくしていたと思う。

でも、文章を読んだとき、驚いた。

 

今の自分が悩んでいるような、気にしているようなことを、過去の自分はちゃんとわかっていた。そして、励ました。私にとって正しい道へ進めるようにと。

 

 

それで私は、過去からまた新しいことを学んだ。

 

 

そしてこれからまたつまずいて悩んだときは、このルーツに戻ろうと思う。

そう決めた。

 

過去の自分へ、ありがとうと言いたい。